高校物理・数学成績アップ術

微風出版「導出物理」の著者による物理・数学の学習戦略ブログ

気づいてしまった…人類のとんでもない勘違い②

気づいてしまった…人類のとんでもない勘違い①からの続き

(最初はこちらをお読みください)

http://soyokaze-biz.hatenablog.com/entry/2019/05/27/140427

 

さらに私なりに思考実験を行ってみた。(間違っていればご指摘ください)

やはり、国民が100人しかいない小国Aを考える。この小国Aに流通している全体の通貨量を100万円とし、今度は中央銀行と1つの民間銀行Bが存在する場合を考える。貿易収支は常にゼロで、外国との為替取引はないものとする。また、国外への国民の流出、国内への外国人の流入はないものとする。

 

銀行Bが持つ資金は中央銀行からの借り入れ90万円とし、日銀は通貨を発行してその90万円を銀行Bに貸し付けたとする。(銀行の自己資本比率など難しい話は抜きにする)

ある3人の国民がこの銀行からそれぞれ30万円の融資を申し込む。これにより銀行は合計で90万円(資金すべて)の融資を行う。この融資はそれぞれ借り入れした3人に硬貨や紙幣を渡すのではなく、パソコンで各通帳に30万円と記入する(これは今の現実と同じ)。これで国民が使えるお金の総額は100+90=190万円となる。

 このように政府が通貨を発行して国民に分配せずとも、誰かがお金を借りることで、国民の間に流通するお金の総額が増える。この総額が増えると、その後の国民の経済活動によって、お金が国民に分配され、国民の給料が増える。

 

日本の高度成長期は多くの人が銀行からお金を借りたため、流通通貨が全体で増加し、経済が活性したと言える。

 

さて、そのお金を借りた3人の借金がすべて返済されたときはどうなるか。3人の返済後彼らが利益を出し続けて所得を増やしても、その所得は別の誰かからお金が移動しただけなので、結局国民全体が使えるお金の総量は190万ー返済金90万円=100万円に減ってしまう。要するに3人が借金を返済するたびに国民の使えるお金(190万円)は銀行に移動し、流通通貨の総量が減って、デフレが起こってしまう。(給料減→物価減→給料減→物価減)

 ②↑↓この議論が進んでいないとしたらかなりおかしい。ここを見逃しているからデフレから抜け出せないものと推察する。

 したがって、政府がやらなければいけないのは、190万円を国民が使えていた状態を維持することでしょう。190-100=90万円の通貨を無条件で発行し、銀行を介さずに財政出動(公共事業などに使う)することで、国民が使えるお金の量が維持される。

※発行した通貨を誰に分配するかよく考えなければデフレ対策にはならないでしょう。

中央銀行が民間銀行から受ける返済分を財政出動しても同じでしょう。(中央銀行にお金がたまっていようが空になろうがそのお金は国民は使えないのでその分をカウントしても意味がない。そう考えると政府や日銀が通貨発行をそれを負債としていくら計上しようが国民が使えるお金とは無関係なため考慮する必要はない→政府や日銀の負債の上限は考える必要はない)

累進課税を課してその税を再分配すれば格差是正になるが、それは単に金持ちから貧しい人にお金が移動しただけで、流通通貨の総量は変わらない。したがって企業が銀行への返済で減った流通通貨分を補えないだろうと思われる。

 

 

このようにデフレの時、政府は少なくなった流通通貨量を通貨発行によって増やす必要がある。そうすると政府が注視すべきは金利でしょう。金利が下がっていればお金を借りる人が減っていることになるので、通貨を発行して流通させる必要があるでしょう。

※お金を貸す人が減れば銀行は金利(自分たちの利益)を下げて商売するしかない。つまり金利減は借り手減。

ただし政府が意図的に金利を下げる政策をすることもある。そこで銀行の貸付総額の推移を注視することも重要でしょう。

銀行の貸付総額が減っている→企業の返済が進んでいる→国民の使えるお金が減っている

が成り立つので、このとき政府は通貨を発行して銀行を介さず通貨を流通させればよい。逆に銀行の貸付総額が増えていれば、税金を通過消滅分に当てればよい。

 ※実際には貿易によるお金の流入流出があるので、赤字貿易額を通貨増分に加える必要があるかもしれません。さらに外国人の観光収入、国外へ旅行した国民の観光支出、外国人労働者の海外への仕送り、国外で働きに出た人の国内への仕送り、為替取引による通貨の流出量なども考慮する必要があるかもしれません。

 

そうすると、発行するお金の累積額は、日銀→民間銀行経由と直接経由(いわゆる公共事業などの財政出動)で分けて記録し、政府は民間銀行の貸付総額と直接経由での発行通貨累積額のバランスを考えて通貨の発行・消滅のかじ取りをすればよいことになる。

 

 

 この世は有限であるように経済成長も有限です。今の日本は経済成長がある程度落ち着き、企業の多くは銀行からの借り入れ返済が完了に近づいていると言えます。この返済ショックによって国民が使えるお金は大幅に減少し、デフレになっていると考えられます。したがって政府は通貨を無条件で発行して流通通貨量を増やさなければいけない。しかし、政府は増税、つまり流通通貨量を減らそうと、真逆なことをやろうとしている。おまけに財務省は何としても政府負債を減らしたいと考えており、それ自身は通貨の消滅であり、とんでもないことです。つまり経済成長を妨げる最強の政策をやり続けています。

もうさすがにこのままでは日本は終わります。どうか政治家の皆さん、このことをよく理解してほしい…

 

 

 

気づいてしまった...人類のとんでもない勘違い①

経済について私なりの思考実験を行った。(間違っていたらご指摘ください)

話を分かりやすくするため、国民が100人しかいない小国Aを考える。この小国Aに流通している全体の通貨量は100万円とし、中央銀行以外の銀行は存在せず、貿易収支は常にゼロで、外国との為替取引はないものとする。また、国外への国民の流出、国内への外国人の流入はないものとする。

 この国の政府は、流通通貨量の少なさの不便さを解消するため、50万円の通貨を発行(中央銀行政府当座預金をもとの残高+50万円へとパソコンで書き換える)を行う。この発行した通貨を使って、老朽化した道路や水道管の工事、介護福祉士給料の増分などに使うことにする。

 この発行した通貨は政府の負債であるとみなし、50万円の国債を発行する。→①ここがおかしい。

ここで数人の金持ち国民が国債を買う。

政府は10年後のその負債を完全にゼロにするために、増税する。10年後までの国債の利子は10万円とする。

  

10年後、政府の負債をゼロにしたとき、どうなっているか?

まず、政府から仕事をもらった人の分で流通通貨量は+50万円。

税金で借金返済に当てた分で-50万円。

トータルで小国Aで流通する通貨量の増減は±0円→通貨総量は元に戻ってしまった…

 

しかしこの10年間は、金持ちが買った国債分で、国民の使えるお金が50万円減っており、増税分(=国債の利子)を無視すると、国民が使えるお金(実質通貨流通量)はざっと見積もって100-50=50万円。

 

このように国債を買った分、国民が使えるお金が減った上、政府に移動した税金が負債を減らすたびに流通通貨が消滅し、少ない通貨を国民で分け合うことになり、国民全員の給料が減り、結局消費が格段に落ち込むことになる。

 日本が50年前の流通通貨量になったらどうなるでしょう。大卒の初任給は3万円くらいになります。

 

さて、政府は負債50万円+利子10万円を税金ですべて回収し、国債を買った金持ちに10万円の利子の分配が完了したとき、どうなるか。結局小国Aの流通通貨量は元にもどり、利子の10万円は国民全体から金持ちに移動。つまり富は分配どころか、格差が開くことになってしまう。

 

 

 ●果たして①の発行通貨は政府の負債として計上すべきであるか…

 もしこれを負債とみなさないとするなら、国債利子の支払いも増税は不要で、かつ国民の使えるお金の総量が増加し、国民はお金を稼ごう、あるいは使おうと、意欲的になるでしょう。

 つまり、インフレにならない限り、消費増税は不要(ゼロでも問題ない)と言えます。公務員の給料が足らなくなっても発行した通貨で補っても問題ないわけですから。インフレになりかけたとき、増税をしたり通貨発行を抑え、流通通貨量(あるいは発行通貨の増加量)を減らせばよいことになります。具体的には政府が発行した累積通貨を回収した税金で相殺すればよいでしょう。つまり、累積発行通貨額が1000万円で、減らしたい通貨が40万円だとしたら、税金40万円を通貨消滅分として計上し、累積発行通貨額を960万円とすればいいでしょう。これで国の通貨総量を減らすことができます。このように経理処理することで政府も財務省も使えるお金が減って、通貨の流通量を減らすことができます。

 

もうお分かりの通り、結局財務省が煽る国の借金とは、借金でもなんでもなく、単なる

通貨発行量=国民の間に流通する通貨の増加量

に過ぎない。そしてこれは政府の負債として計上すべきものではないということです。

その証拠に今まで日本政府は膨大な通貨を発行して流通させているのにインフレどころかデフレになっているわけで、これは必要な通貨発行量が追い付いていないことを意味します。仮にそれを借金とみなし、税金ですべて負債ゼロの状態に戻すと、国民に流通する通貨の総量は激減し、「大卒初任給3万円」という現実が来ることになる。

もしも、外国にしかない商品、サービスを政府が買わなければいけないときは、外国からお金を借りる必要性(外貨建ての国債発行の必要性)がでることもあり、その時はまさに政府の借金と言える。しかし日本はすでにあらゆるサービスが充実していることから、その必要がなく、実際は外国からの借金はほぼないのが現状。

 結論としていえることは、自国通貨を発行するとき、自国通貨建て国債を発行しなければいけないというのは人類の勘違いと言えます。もしも発行通貨を負債とみなし、税金ですべて回収し負債ゼロの状態に戻せば、発行したお金はすべて政府のもとに戻ってきてしまい、何のために通貨を発行したのかわからなくなってしまいます。通貨はありすぎると貨幣価値が下がり混乱しますが、なさ過ぎたら不便で、かつデフレになります。まさに今がデフレであるので、その場合通貨を発行した意味がないと言っているわけです。

 流通通貨が多いとよいことがあります。それは経済活動がしやすくなるため、頑張った人は頑張っただけ裕福になれ、普通の人は普通、あまり働きたくない人は質素な生活…と選択の自由が増えることにあるでしょう。しかし通貨量が減ると、みんなが財布のひもを締めだすため、頑張っても報われず、少なくとも頑張るという選択肢が無くなってしまう。インフレのみを恐れていると、このような単純なことに気づかなくなってしまうのでしょう…

 なお、発行通貨は誰に分配するか、それが政府の腕の見せ所と言えます。これによって経済力が左右すると言っても過言ではないでしょう。政府の役割は弱者の救済であり、国の経済力の底上げですから、預金が少ない年金受給者の受給年金を上げたり、介護福祉士や保育士の給料を上げたり、老朽化だらけの水道管の工事などを行っていくべきでしょう。

 

 

 

導出物理第4版差分情報

導出物理完全版→導出物理第4版へと移行します。

出版時期は未定ですが、改訂内容についてここに記述しておきます。

★力のモーメントの解説

・平行な力の合力の作用点(大幅改訂)

 

★運動量の保存

・運動量と力積(改訂)

・分裂と運動量保存(追加)

・合体と運動量保存(追加)

 

★波の伝わり方

・負の向きに伝わる波の解説(追加)

 

★キルヒホッフ第2法則 

・解説を改訂

 

★国際単位定義変更に関する改訂

・kgの新定義に関する記述を追加

・A(アンペア)の定義を改訂

アボガドロ数の改訂

 

★練習問題/その他

・10問程度 追加、改訂を行いました。

・索引を追加しました。

・巻末に物理定数、ギリシャ文字表、単位表などを追加

・単位表については参照ページも記載しました。

 

★レイアウトデザイン

・(青+黒)2色刷り→モノクロに変更

※原材料大幅高騰のため

 

★価格

・価格2300円+税(本体50円値上げ)

※原材料高騰のため。

 

中学数学必修ワーク4月下旬発売中

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学習塾で使われ、大きく成果を上げてきた教材がついに市販化!

2019年4月18日発売

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上巻

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下巻

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基礎レベルのみを扱い、反復練習しながら自然に覚えられる中学数学表材となっております。数学が苦手な人、部活で塾に通えない人、予習したい人におすすめ。ほぼ独学で中学数学の基礎をマスターできます。ご注文はお早めにお願いいたします。

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中学数学必修ワーク下
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Office系のpdf RGB→CMYK変換の備忘録

acrobatのサポート期限が切れて互換ソフトを探していたところ、JustSystemのJustPDF3を購入。価格はネットで8000円程度。

 

ワードなどでpdfを生成する際、次の工程を行うことでCMYKに変換される

 

変換したいファイルを起動→印刷→プリンター:JUST PDF3を選択→プロパティ→PDF設定→詳細セットの選択・設定→ 一般:PDF/X準拠→OK

 

Windowsの設定からあらかじめデフォルトの設定をしておくとよい。

左下Windowsマーク→設定アイコン→デバイス→プリンターとスキャナー→JUST PDFのアイコンをクリックし上記の手順でPDF/X準拠に設定する

※解像度はあらかじめ300に設定しておくことをおすすめします。

※PDF/Xとは印刷用に作られたPDFの規格の一つだそうで、アウトライン化などがされて文字化けのリスクがなくなるとか。

 

メーカーによると商用には耐えられないかもしれないとのことだったが、写真などのデータがなければ恐らく耐えられるであろうと思われます。

これで高額なAcrobatを購入せずに済みそうです。

しかもこのソフトAcrobatにはない一括変換機能があり大幅に時間削減できました。

例えば複数のwordファイルを選択して一度にPDFに変換できます。

もっと早く購入しておけばよかった…

 

 以下楽天から最安値での購入をおすすめします。

https://search.rakuten.co.jp/search/mall/justpdf%E3%80%80%E9%AB%98%E5%BA%A6%E7%B7%A8%E9%9B%86/?s=2

 

 

 

懺悔ノートを作って得点力を高めよう

 懺悔(ざんげ)とは自分の悪事を悔い,それを神仏に告白することである。

 模試や定期テストにおいても,結果を放置するのか,悔い改めるのかで差がつくことは想像できるだろう。しかしただ悔いるだけではほぼ無意味であることを認識してほしい。本当に悔いているのであればそこに行動が伴うはずである。

 受験生にとってのその行動とはノートにそれを残すということだと思う。

例えば中学理科で試薬を扱うテストが悪かったとする。そして何故悪かったかを分析すると、そもそも試薬の性質を完璧に覚えていなかったことが分かったとする。

そこで行動。その懺悔をノートに記すわけだが、そのノートの書き方には工夫が必要である。記憶とは思い出す回数を増やすことで定着する性質ため、その性質を無視した懺悔は効果を大幅に落とすことになる。

 

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 例に示すように,暗記事項をそのまま書き込んでしまうとそもそも思い出すという段階が抜けてしまう。従って暗記事項を空欄にして,解はノートの隅(見えにくい場所)に記しておく必要がある。

 

 このように作ったノートを毎日1回,1カ月程度見て解を思い出すだけで相当力がつくと思う。

 

 ただしこのようなことを言うと、参考書の隅から隅まで重要事項をノートにしよう考える人が必ずいる。もちろんそれは誤りで,目的は詳細なノートを作って満足することではない。自分の悔いを改めることが目的である。どの部分を悔いているかは人それぞれ異なり,また悔いていない部分(すでに暗記している部分)をノートにしても労力の無駄である。

 

 大事なことは、定期テストや基本的な問題集をやった結果からにじみ出たことに絞ってノートに残すことである。

 

 高校生なら,日本史,世界史,政経などの用語を覚えることが重要であると教わり,書店で1問1答問題集を買ったりするわけだが,いざやってみると学校の授業で習わないような用語も多く,詳細過ぎて挫折するということがよくある。これは楽をして教材に頼ろうとする己の無精が原因である。学校も生徒のレベルに合わせた授業をしているわけだから、まず学校の授業と学校の定期テストのクリアを目標にすべきである。それもクリアできないのに受験用教材をこなせるわけはないと思ってほしい。

 

 関連して述べておきたいことがある。私は中3生に入試対策用の薄めの問題集を配り、必ず次のようなことを言う。

 

「この問題集をすべて完璧に解けるようにしなさい。そしてもし入試でこの問題集に出ていないことが出たら、その時は潔くあきらめなさい。全体をまんべんなくやろうとするから全体の記憶がぼやけてしまう。そうではなく、重要なところや頻出のところだけに絞って完璧にし、後は潔く捨てるという姿勢の方が返って得点が伸びる」

  要は重要部分に絞って完璧にし、自分にとって難解な部分はきっぱり捨てるという潔さが必要であるということだ。

 

 もう一つ注意したいことは人のまねをしないこと。記憶力や読解力,理解力や計算力は人によって非常に落差が大きいもの。だから自分の能力に合わせたちょうどいいノートを作る必要がある。多すぎても少なすぎてもダメ。その量は定期テストなどの結果次第で微調整すべきである。

 

 

 

↓以下は教師向け

 

 授業の板書も重要事項に絞って例に示すような書き方をすると生徒にとってはありがたいし、ノートを見返す動機が生まれる。ただしこのようなことを言うと「解は自分で調べてこい」と言い、解を板書しない人が必ず出る。

 これは自分で調べたほうが身につくと勘違いしている人だ。結論から申し上げれば調べさせるのは教師にとっても生徒にとっても時間の無駄である。どちらにとってもいいことはない。

 試しに生徒に調べてくるかどうか試してみたらいい。中程度の学校であれば大半は調べることを忘れてやってこない。だから教師側でチェックが必要になるが、そのチェックには大変な労力と時間がかかる。

 

 記憶が定着したかは思い出す回数が重要であり、調べている時間を思い出す回数に転嫁できれば当然そのほうが効率が良いはずである。だから調べさせるという無駄なことはさせず、授業中に前の授業で書いたノートを開かせ、解を隠させて、思い出す機会を与える方がはるかに良い。そうすることで生徒は「習ったことがいかに憶えていないか」ということを認識し、もっと勉強しなければいけないと思わせることができる。

 

 

 

導出物理はこのような人をターゲットにしています

どうも導出物理は難解である、高度な人向けという先入観を持っている人も少なくないようなので、ここではっきり述べておきたいと思います。

導出物理のコンセプトは次のようなものです。

 

教科書と問題集の不備を同時に補う

 

 教科書はページ数に制限があるため、みんなが疑問に思うようなところを詳しく述べず、また練習問題の数も少な過ぎるという問題があります。一方問題集はまとめ事項はあっても、詳しい解説がないため、解けないときは教科書を参照せねばいけませんが、どの部分をどれだけ読めばいいのかという判断が難しいという問題があります。

 ですから導出物理はまず教科書よりも2倍詳しく説明し、説明のすぐ後に基本的練習問題を設け、問題で躓いても直前の説明を読めばこなせるよう工夫しています。さらに基本問題を700題以上掲載し、1000本ノックを受けるように反復練習をしてゆるぎない基礎を身につけられるようにしています。

 さて具体的なターゲット層とは次のような人です。

 

●なんとなくわかる、わかる気になるという曖昧な感覚が嫌で、明確に深く物理を理解したいという人。

●とにかく物理のゆるぎない基礎力を身につけたいという人。

●物理に対して苦手意識が強い、もしくは教科書や他の参考書を読んでも納得いかないという人。

●とりあえず学校の定期テストで高得点をとれるようにしたいという人。

 

 逆にターゲットにならない人は以下です。

 

●すでに志望校の入試問題演習を行っており、解説を読めば理解できるレベルに達している人。

●入試問題の難問を解けるようにしたいという人。

微積複素数を用いた細かい導出にはあまり関心のない人。

●忍耐強く文章を読解することができない人、もしくは基本問題を繰り返し何度も練習する忍耐力がない人。

 

導出物理は、入試で戦う前の準備教材です。ですから国立理系向けとか上位私大向けというものではなく、みんなが通らなければいけない基本を身につける教材です。他の参考書よりも分厚いため、高度な内容という先入観を持ちがちですが、全くそうではありません。学校の定期テストで高得点を目指す教材と考えていただければわかりやすいと思います。

 練習問題は9割が基本ですが、難問も練習しなければ意味がないのでは?と思う人もいるでしょう。しかしAさんにとっての難問とBさんにとっての難問は全く異なるものです。どのレベルを難問とするかは個人差が大きくあり、すべての人のレベルに合う教材など存在しません。ですからまずは誰もが通らなければいけない基礎だけに重きを置き、その後は本人の志望校に合わせて、それぞれに合った他の問題集や赤本などで練習してもらうという立場をとっています。それが教材としては最も合理的であると考えています。

 

公式を導出してそもそも問題が解けるようになるのか?

導出物理がタイトルの通り導出をテーマにした理由はいくつかあります。最初にその点について述べたいと思います。

(1) 市販の教材に公式の導出を高校生でも理解できるように書いている参考書が存在しない。

 ネットを検索していると、「ちゃんと導出をしている参考書ない?」という書込みをよく見ます。やはり10代後半ともなると、意味もなく与えられたものに対しては反発したくなるわけです。これがもう少し若ければどうでしょう。例えば次のような疑問を持ちましたか?

・円周率πは何で3.1415…になるの?何でそんなこと言えるの?

・円周は2πr,円の面積はπr^2、球面積は4πr^2,球体積は(4/3)πr^3と何故分かるの?

三角錐や円錐の体積は何故1/3をかけるの?

 実はこれらのことは全部数学的に導出できます。しかし多くの人はあまり深く考えることなく公式を覚えたと思います。年齢的にそこまで深く考えることができないからですね。

 ところが高校数学、物理になると、ある程度知識・経験が増え、学問に対する探究心も生まれてきますので、「公式はこれ、とりあえず覚えろ」と言われても「は?」と思うのは至って正常なことです。これが導出をテーマとした理由の第一点。

(2)  応用力をつけ、忘れにくくするため

 別の記事にも書きましたが、脳は短期間で覚えたものほど忘れやすい性質があります。また、理由・根拠が伴っていないと同様のことになります。幼少期のころに海外で生活していて現地語が話せたけど、日本に戻ってくるときれいに忘れてしまった、ということはよく聞くと思います。これは期間が短いことと、文法の知識がないまま言語を学んでいるため、規則性がつかめず応用できないからです。

 私たち日本人が文法を知らなくても日本語が話せるのは、時間をかけてゆっくり日本語に触れてきたからです。ですから導出物理も丁寧に公式を導出して、時間をかけてゆっくり学べるようにしているのです。どこかの勉強法マニュアル本かなんかを読んで、効率的に英単語を覚え、すぐに忘れてしまった、という人をよく見かけますが、その理由も全く同じです。初めはゆっくり学び、試験に向けて徐々に短時間で解けるよう反復練習することが重要だと知ってください。

 

 というわけで「公式を導出してそもそも問題が解けるようになるのか?」という問いに対する私なりの答えは「問題を解けるようにするために導出をするのではない」です。結果さえ出ればいいという話ではないはずです。将来応用力もつかず、習ったことは全部忘れてもいいから入試だけパスしたいと思いますか? 

 普通の高校生が考えれば、答えは1つに決まると思います。背伸びをすることはある程度必要ですが、効率重視で結果だけを追求するのも問題です。大学に入ったら授業についていけない、友達についていけない、というのも悲惨です。有名大学に入って社会に出た後、君ホントに〇〇大学出身?なんていわれるのも悲惨です。

 

 入試で結果を出すことは何よりも重要ですが、その結果とは何のためでしょうか?学歴?名誉?地位?…それもある程度大事でしょうが、果たしてそんな考えの人が尊敬されて、リーダーとして慕われるようになるでしょうか。

 

 入試は人が成長するための目標にすぎず、人生の通過点にすぎません。その先も成長を続けなければ生きていけないのです。そのことをよく考えて受験勉強に励んでもらえればと思います。

 

 

人を判断する材料はその人の〇〇しかない

 

  知能指数が異常に高い人たちの集まりであるメンサは有名ですよね。この会員の中には社会になじめず孤立してしまっている人もいるそう。簡単に言えば頭が良すぎて周りからは変人扱いされてしまっているのです。自分がどのように周りから映っているのかということの想像の欠如、そして何より知能指数が低い人の気持ちが想像できないことが大きな原因だろうと思われます。知能指数が高くてもこれでは不幸ですよね。

 知能指数の診断では、人の気持ちを推し量るテストというのはないと思います。小説の読解問題のようなもの作ることを考えると、解釈は人それぞれで正解が1つに決まらないという問題が出てきてしまうため、診断テストを作ること自体が困難だからです。よって知能指数というのは能力判断のほんの一部の側面でしかないことを強調しておきたいです。

 人を判断するのはテストではなく、その人の足跡だけしかありません。どの大学を出たかではなく、どのような勉強をしてきたのか、どのような活動をしたのか、あるいは社会人であれば、どのような仕事を経験してきたのか、どのような研究をして、どれだけの成果を上げてきたのか、そういった足跡しか人を判断する材料はないのです。

 ですから就職における面接はその人の足跡を必ず尋ねてくるのです。そして足跡が薄い人が就職競争から脱落していきます。学歴も一つの足跡ではありますが、それだけで判断される時代ではもうありません。そういうわけで、私も東大生とか東大卒の優秀な人と会ってもビビることはなくなりました。しかし足跡を聞いてそれが素晴らしかったら、高卒の人でもビビります。

 

 もしも学歴だけを武器に就職を勝ち抜いていこうと考えていたり、あるいは親であれば子供を有名大学に入れれば安心だ、などと考えているのであれば、完全に時代遅れです。タイトルの〇〇の答えはもちろん「足跡」です。ハーバード大学の入学ではペーパーテスト以外にもその人の足跡を徹底的に調査されることは有名ですよね。日本の大学もいずれそうなることでしょう。

 

国立医学部受験は最も努力が報われにくい

医学部受験では何故か多浪する人が多いです。圧倒的に安定した生活が保障されるので無理はないでしょう。私自身の考えでは、せいぜい1浪してダメならきっぱりあきらめるべきだろうと思っています。その根拠について述べたいと思います。

 

●国立医学部の場合

 センター試験でほぼ満点を取らないと、その時点でアウト。2次では逆転不可能ということです。センターでは95%以上得点していないと厳しく、90%に満たしていないなら絶望的のようです。それで合格レベルに全く満たないというのですから恐ろしいですよね。(すべてがそうかはわかりませんが、たぶんそれに近いでしょう)

 医学部はそれほど難しくない大量の問題を短時間でいかに多くこなすかということが勝負で、センター・2次試験ともにケアレスミスをちょっとでもした人が脱落するという大変シビアな世界です。簡単に言えば、読むスピード、記憶するスピード、理解するスピードが異常に高く、加えてケアレスミスが異常に少なく、こだわりが少なくさっぱりした性格の人でないと受からないということです。これは努力でどうにかなる問題ではありません。

 脳の性能は3歳程度で決まってしまうことが脳科学では常識ですので、もう努力のレベルを超えているわけです。こだわりが強い人や得意科目・苦手科目がはっきりしている人がダメな理由は、難問・苦手科目ばかりにこだわってしまう傾向があるからです。受験勉強のすべては、短時間で解くこと、大量に覚えること、ケアレスミスを極力なくすことに全身全霊をかけた訓練を徹底しなければいけないのに、苦手科目にこだわっているようでは能力として程遠いですし、こだわりが強く、難問・奇問を捨てられず、時間をかけてしまっているようでは、周りに離される一方です。

 

 しかし問題なのは、そのことを10代後半の若い子に言っても納得しないことです。本人たちは希望に満ちていますし、努力すれば何とかなると思っています。何度か失敗をしてからでないと納得しないため、親や教師は傍観することしかできないのです。

 ちなみに私の高校時代、知り合いで1浪して国立大医学部に通った人がいましたが、本人の性格は、やはりこだわりがあまりなく、むしろ適当というくらいでした。また、科目においては得意不得意・好き嫌いなく、なんでも吸収していくというタイプでした。こういうタイプでないと医学部は通らないのだなぁと最近つくづく思うところです。

 さて、もう一つ問題なのが、予備校の模試はあまりあてにならないということです。国立医学部は全国各地の猛者が集まってきますので、予備校の模試程度では母集団が不足して正しい判定が出にくいです。また、試験の形式が大量型になっていないため、本人の実力と判定が乖離する可能性が大いにあります。つまり模試でA判定が出たとしても全く通らないことはよくあることです。予備校側も商売ですからそのことは絶対に言わないでしょう。

 

●私立医学部の場合

 基本的に国立と変わらないのは、難しくない問題を大量にミスなくこなさなければいけないことです。ただしセンターはないので国立ほどの難易度はないのは当然です。しかし偏差値的には中間程度に位置する私大医学部なら、早稲田・慶応に通るくらいの実力が必要かと思われます。低い私大医学部の場合は問題が結構易しかったりもして、これなら受かるんじゃないかと、と思ってしまうのですが、実際の合格レベルはかなり高い点だったりします。それに気づかず、多浪する人も少なくありません。