読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

高校物理・数学成績アップ術

微風出版「導出物理」の著者による物理・数学の学習戦略ブログ

最弱日本の英語教育 このままだと日本は終わる

英語教育

 受験生時代はセンター試験や大学入試の英語が全くできなくて,激しい屈辱感を感じたものです。今考えると、試験問題自体が、頭のいい奴、頭の回転のいい奴でないと太刀打ちできない形式になっていたと気づきます。重箱の隅をつつくような文法問題と大量の長文読解問題で埋め尽くされ、高速に問題を解く能力が最も重視されるような形式になっていたからです。つまり私のように頭の回転が遅く、要領が悪い人間は努力が報われないという形式なのです。(現在もその状況はあまり変わっていません。)これはリスニング能力、スピーキング能力はほぼ0でもOKですよ、ということを国や大学が認めているともいえます。

 この試験のあり方が、多くの学生の英語学習意欲を削ぐ大きな原因です。ではとりあえずどうすればいいかというと、試験はリスニング問題を最低5割にすべてというのが私の主張です。日本人が英語が話せないのは、圧倒的に耳で聞く入力が不足しているからです。だから試験問題でそれが必要であることを示さなければいけないのです。とりあえず文科省にメールでそうすべきだと伝えたのですが、何の反応もしません。本当に勉強頭のバカ集団です。

 ところで、後進国では幼児から英語教育を施している国があるのに対し、先進国の日本ではようやく小学校高学年から英語の授業を開始するというお粗末な状況です。私自身は脳科学的に考えても、3歳児くらいから英語に振れさせないと遅いと思っているほどです。しかしテレビによく出ている有名予備校講師は次のようなことをいっていました。

「日本語もろくに理解できないのに、小さいうちから英語が理解できるわけがない。だから英語は中学から学べば十分である」

 本当にアホな考えです。怒りすら覚えます。完全にお勉強頭の考え方です。言語は体系的に理解すべきものなのでしょうか?私の考えではこうです。

「中学生から英語を聴くのは遅すぎる。それでは他言語に触れない期間が長く、頭の柔軟性がなくなってしまっている。つまり英語を自然に聴きとるということを受け付けにくい状態になっているので、それでは本人の努力でしか英語はできるようにならない」

 幼児から先生が英語しか話さないような教育施設に通っていた人に聞くと、「英語を習った」という感覚がないそうです。それでいて日本語の能力がなくなっているかといえば、そうでもないのです。親や友達と日本語でのやり取りもしているので、問題ないのです。

 かつてのフィンランドでは経済的な行き詰まりから、英語教育の方針を大転換して、見事に復活したという事実があります。しかし、日本はこのままいくとその逆をたどることになるでしょう。つまり、英語教育の方針をそのままにしたおかげで、素晴らしい日本産業を売り込むチャンスをことごとく逃し、見事に経済が衰退していくのです。